『教育の基本』と、書かれた表が、今日の作品です。
『人間』が『人間』となるためには、『教育』が必要です。
しかし、その質によって、人間性が変わるはずです。
『認識』⇒『頭で知っている』=『知識』
⇒『体で知っている』=『体験』
『責任』⇒『後始末する自覚的責任を持つ』
『誠実』⇒『言った事を実行して現実化させる努力』
と、書かれています。
さらに、
『教』=『体験した事・真実を教える』『【従】』
『育』=『相手の成長に役立つ』『【主】』
と、書かれています。
『教育』という概念について、ここまで噛み砕いたものは、なかなかないのではないでしょうか?
『教える』と、いうことと、『育てる』と、いうことが、一緒になって『教育』であるということまでは、よく耳にします。
しかし、その中身についてまで、細かく考えることは少ないです。
そして、ここに書かれた一つ一つが、噛み合って、『教育』が形を成すのでしょうが、実際には、きちんと揃うことも、少ないはずです。
ちゃんと考えるのであれば、『相手』のことを考えた『教育』であるべきです。
でも、その場しのぎの行動や、その時の感情に左右されて、思った通りのことができるとは限りません。
そもそも、『教育』する側の人間も、理想的な『教育』を受けたわけてきたわけではないのです。
おそらくは、好循環が繰り返されると、『教育』の質は向上し、育てる側のレベルが高くなるはずです。
でも、残念ながら、悪循環になりやすいエリアだと思われます。
そのため、向上させることが困難だとも言えるのではないでしょうか?